震災の記憶

撮影日 2011.5.11・12日
場所 岩手県宮古市 山田町 

つぎつぎと海岸線・陸地に襲いかかる-「津波映像」を見て、日本中の人が強い衝撃をうけた。現地に向かうことで、この惨状が確かな現実のものであることがわかった。山河慟哭.無情-合掌・・。 2011.5.11東北に自分の足を向けさせたのは、友人の存在が大きい。学生時代以来40年近く会うことがなかった友人。宮古の防潮堤をこえた映像-市役所から撮った-に強い衝撃を受けた。2011.5.11・宮古市内で会えた時は、「よくぞ生きていた」-うれしかったね。それから毎年のように宮古や都内で会っている。下の写真の多くは、友人と一緒に回って撮れた写真。絶対に「忘れてはいけない記憶」である。

宮古市磯鶏駅

宮古漁港

鍬ヶ崎

宮古市役所 周辺 防潮堤

宮古市新川町

山田町

陸中山田駅

宮古市田老 被災したホテル-その後「震災遺構」として保存されることとなった。

田老

万里の長城-と称された田老の防潮堤を歩く人がいた。

以下の写真はひとりで被災地をまわり撮った写真である。
宮城・南三陸町
撮影日時    2011/12/23

石巻市立門脇小学校 
撮影日時    2011/12/22

気仙沼市 鹿折 第十八共徳丸 後に解体された。
撮影日時 2012/03/11

気仙沼線(現在不通) 南気仙沼駅の周辺
2012.3.11 撮影

石巻市 2013.4.04

宮城県 名取市 閖上小学校
撮影 2012.7.08

名取・閖上地区 日和山より 
後方の草地には多くの住居があった。
    2012.7.08

岩手・陸前高田市 レプリカになる前の正真正銘の「奇跡の一本松」 2012.5.13

宮城県 女川町
撮影 2013.4.04

岩手県宮古市田老 旧田老観光ホテル 
撮影日  2018.3.11

旧田老観光ホテルから田老漁港を見る 
撮影日 2018.3.11

宮古市 閉伊川と山田線 2019.3.23復旧