映画紀行Ⅲ

映画監督・小津安二郎

「絢爛たる影絵」-小津安二郎 文春文庫   1985.5.25 第1刷 筆者 高橋 治 
小津安二郎の生涯と映像の秘密を「東京物語」の助監督をつとめた直木賞作家が、原節子、岸惠子、杉村春子などのエピソ-ドをまじえて記述。
 
以下同著作 -解説 E・G・サイデンステッカ-の言葉-から
わたしの知るかぎりでは、小津はむずかしい人だったようである。小津と仕事をした何人かの男女優が、彼はこわい人でやさしく手を差しのべてくれる人ではなかったと語るのを聞いている。しかし彼の映画を観て感じるのは静謐であり、寛容であり てらいがまったくないことである。これこそが小津の後期の作品群をすばらしいものとしている特質である。・・基本的には善良な人物が他の人物と不幸なかたちでかかわりをもってしまうのを、観客は観るのである。たいていの人間が実生活で経験するような人生をそこに見るのである。・・・最も重要な点だがてらいのなさがある。人物の人間らしさを描ききってしまえば、小津は技術的な巧みさをひけらかす必要を感じなかったのである。彼の最良のいくつかの作品は絵画的な意味で美しいが、黒沢がしばしばそうであるように、それ以上に溝口がそうであるようには絵画的な美しさにはこだわっていない
   
鈴木-高橋 治氏は、富山県越中八尾を舞台にした小説「風の盆恋歌」の筆者である。氏の同作品を読んで「おわら風の盆」を見に行くきっかけになったという方もいるという。
ある時期、映画とは、見るものでなく、個人個人では体験し得ない人生を、共有のものとして体験する場であったと、高橋氏は言う。
     
鈴木-小津安二郎監督のロ-ポジ(小津監督のカメラ位置は常に低い。そして殆どカメラが動かない)について、興味深い記述がある。篠田正浩監督との会話である。
<高橋 治「絢爛たる影絵」P.117から>
篠田 「(小津作品)は見るたびに新しい顔をしているんだ。理解が深まった。身につまされることの切実感が強くなった。・・・」
高橋 「じゃ、一番新しい発見はなんだ。」
篠田 「ロ-ポジかな」「あれはな、定点観測だと思うんだ」
高橋 「なにを観測する」
篠田 「世ののうつろい、人のうつろい
高橋 「なるほど。うつろいを見据えるのなら、凝視だな。動くわけにはいかない。
篠田 「・・・うつろいを見るのなら、高い位置から見下ろすのは良くない。
高橋 「で、・・・・観測した結果は」
篠田 「あったものがなくなっていくドラマなのさ・・・「晩春」で、結婚式を終えた笠さんが帰って来るだろう。お帰りなさいと出て来るのはお手伝いさんの高橋豊子なのさ。原節子はいない。廊下がうつる。そこにあったシンガ-ミシンが消えている。ファ-スト・シ-ンに存在したものが次々と消えていく。
高橋 「行きつく先は」
篠田 「ゼロだろう」
高橋 「絶望と無のこよなく美しい描写か」    
    篠田は黙ってうなずいた。

<小津安二郎監督の死>・1903.12.12-1963.12.12 
鎌倉の円覚寺に作られた墓の碑銘を同寺の朝比奈宗源が書いた。それが無の一文字・・・。小津の墓碑銘"無"の一字は、作品に漂う無常観にこの上なくふさわしいものに見える。満六十歳の誕生日に小津は世を去った。還暦の年の死去は決して珍しい例ではないだろう。だが、一日の誤差もない還暦の日の死はいかにも小津らしい。潔癖というか、几帳面というか、それとも類い稀な星の下に生まれついたことを思わせるべきなのか。死は必然だが、死期は自殺でない限り偶然に支配される。しかし、小津ゆえに、偶然が偶然でないもののように見えてくる。いかなる場合にも完璧さを求めて譲らなかった小津の生き方のせいだろう。 高橋 治 「絢爛たる影絵-小津安二郎」P.118から。
鈴木慶治-補足
外国の女優さんで、誕生「月日」と同じ日でなくなったのが、イングリッド・バ-グマン・<19158.29-1982.8.29>。
下の写真 「東京物語」 笠智衆 東山千栄子
      「晩春」   原節子 笠智衆 

ドラマや映画について-友人とのメ-ル。

○鈴木から-映画好きのAさんへ送信メ-ル。2010.5.02
1987年のNHK放送番組ータイトルは「今朝の秋」について。笠智衆さん、杉村春子さんが老夫婦役を演じてます。小津安二郎の世界(家族の心理描写がうまい)を彷彿とさせます。原作は山田太一さん。音楽は武満徹さん。演出は深町幸男さん。出演者は息子役で杉浦直樹さん、杉村さんの居酒屋?で働くのが樹木希林さん。加藤 嘉さんは笠智衆さんの友人役。33年前の作品で亡くなった方が数多く出演してます。ここまでで凄いドラマの予感がします。実際凄いのですが・・。豪華な配役陣でしょう。現在ではとても実現不可です。自分としては、もうこれだけで感動ものです。蓼科の山荘と東京の病院がドラマの舞台。あらすじを詳しく説明出来ない?のが残念です。上質のドラマに触れたことの感動や充足感は、外出自粛も過ごし方によっては意味ある!かなと思いました。老齢社会と家族の関係がこのドラマのテーマです。老いること、生きること、そして死にいくこと。永遠のテーマです。これをいかに演じきるかは、個々の役者さんの力量に負うところ大です。このドラマはその意味で見応えがあります。(特に、余命いくばくもない息子役を演じた、杉浦直樹の演技には「リアル感」をこえて、鬼気迫るものがあった。)

-鈴木の補足 <今朝の秋-あらすじ> 蓼科の山荘にこもる老人は、ある日東京に住む一人息子の死が近いことを知らされる。彼は山を降り病院へかけつけるが、死と対峙する息子を前に老いたる父として何を言えようか。また老人はそこで図らずも、別れた妻と再会する。二十年前男と去った許せぬ妻ではあるが、彼女もまた、わが子のせめて最後の時に尽そうと来た・・・。蓼科で隠居生活を送る男(笠智衆)は、50代の息子(杉浦直樹)ががんで余命3か月と知らされ、息子に会うために上京。そこで20年以上前に別れた妻(杉村春子)と図らずも再会する。息子夫婦も離婚の危機にあった。今、親として何をすべきなのか・・・。2人は家族の重さを知る。笠と杉村の共演は26年ぶりだった。第14回放送文化基金賞本賞毎日芸術賞(深町幸男演出)ほか、多くの賞を受賞。

○Aさんからの返信 2020.5.2
NHKドラマ『今朝の秋』山田太一さんの作品で配役やスタッフ等を聞いただけでこれは傑作に違いないと思いました。小津安次郎の描く世界観と少し似ているんですか?私は、まだ観たことはありませんでしたが、老齢社会と家族の関係がテーマなんですね。NHKのBSか何かで放送したんですか?山田太一と云えば、『ふぞろいの林檎たち』が記憶に残っています。そして、映画の原作を書いた『異人たちとの夏』大林信彦監督の作品も面白かったです。そう言えば最近、映画をちっとも見ていません。(朝ドラや民放の連続ドラマは結構観てますが) 小津安次郎の映画『おはよう』を今年の春か去年の暮れ辺りにBSで放送したのを録画して観たくらいです。勿論、笠智衆と杉村春子のコンビに佐田啓二と久我美子達が主演です。小津の作品では、あまり高い評価でなかったようですが・・・、私は当時ほぼリアルタイムで子どもの頃、場末の映画館(北海道千歳市)で観たこの作品が何故か好きです。東京物語も勿論好きですが、コメディタッチの明るい日常茶飯事を描いたこの作品が好きです。

鈴木の補足-「お早よう」のあらすじ郊外の住宅地、長屋のように複数の家族が隣り合って暮らしている。林家の息子実(設楽幸嗣)と勇(島津雅彦)はテレビがほしいと両親にねだるが、聞き入れてもらえない。子供たちは、要求を聞き入れてもらえるまで口を利かないというストライキをして、最終的に買ってもらうのだった。作品について-1959年(昭和34年)1月にロケハンをし、2月27日から4月19日まで撮影をし、5月12日に公開された。小津作品としては二本目のカラー作品であり、画面における色彩の使い方に小津の遊び心が随所に感じられる。 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

○Aさんからの返信-2020.5.4
最近ちっとも映画を見に行かないので反省してます。刺激になって録りだめした映画を久々に観ました。鈴木清順監督の『けんかえれじー』です。高橋英樹主演、マドンナ役は浅野順子です。旧制中学生のバンカラなけんか三昧の日々から、北一輝との出会いで、226事件後にもっと大きなけんかをしに旅立つと言う話です。最初に観たのが学生時代でしたが、当時の学生運動(映画の主人公は右傾化した若者ですが)の雰囲気とマッチしたのか若者に歓迎されたように思います。私は、浅野順子とのプラトニックラブの高橋英樹がとった行動・・・がとても刺激的で、でも当時の若者には私も含め共感したように思います。私はイングリッドバーグマンやビビアンリーの作品は、名前だけで観てません。私の映画との出会いは、小1頃の萩市の映画館です。当時叔母の夫が、映画撮影技士をやっていて映画館🎥のバックヤードである上映機器の部屋に入れてくれて舞台裏を見せてくれたのを今でも鮮明に覚えています。

○鈴木慶治-Aさんへ送信 2020.5.4
(メ-ルの中の映画に関する部分を)ホームページに載せることにご理解頂きありがとうございます。鈴木清順監督の『けんかえれじー』は、評判になったのは知ってましたが、観ていません。Aさんの映画との出会いが、小1頃の萩市の映画館というのは、すごく興味深いものがあります。映画撮影技士ー映写機器の部屋ー舞台裏ー半世紀以上前ー萩時代のA少年が目に浮かぶようです。先日の北海道・千歳の場末の映画館といい、様々な思いを自分に感じさせます。映画って見る側の人生も感じさせるんですね。ありがとうございます。

○Aさんから返信 2020.5.5
私の映画との出会いは、萩に住む叔母の夫が当時映写技士をしていて・・・確か夏頃、映写室の中にいれて貰ったような気がします。大きな映写機🎦️は、当時5~6才の子どもにとってとてもインパクトがあり、鮮明に覚えているのです。所謂、私にとってのニユーシネマパラダイスの世界です。そして、北海道千歳の場末の映画館で小津安次郎の映画を観たと言うのは、オヤジが千歳に転勤になり映画館のすぐ裏手に住んでいて歩いて1分も掛からないその映画館に、当時9~10才の私は小遣いをせびって行ってたように思います。

○鈴木から旅好きのT.さんへ、送信メ-ル 2020.5.25
御無沙汰しておりますが、如何お過ごしですか。何カ月もしないうちに世の中が大きく変化してしまいました。旅に出ることはままならなく、都心に出ることすら躊躇しています。予定も大きく変わりました。感染の恐れが払拭出来たらまたお会いしましょう。読書と映画を見る!日々です。

○T.さんからの返信  2020.5.25
しばらく旅行にも行けないのでパンフレットを見る気にもなりません。実は3月末にモロッコへ行く予定でしたがキャンセルしました。その前はまだこんなに(コロナ感染)で騒いでいない時期だったので、ブルネイに行ってきましたが帰ってきてから心配になりしばらく家から出ないようにしていました。何日か経って熱も出ないので恐る恐る外に出た次第です。2月末から何回か外へ出ましたがあとは買い物だけです。テレビとパズルとゲームしかしてないです。昨日は久しぶりに夜散歩へ出かけました。足が弱るのでここ何日か踏み台昇降をしています。テレビも気の滅入るニュースばかりですね。映画を見ようとしても無料のやつは面白そうなのやってません。有料なのは沢山あるのですがこんな時だから無料で観れるようにしてくれればいいのにね。ヘップバーン可愛かったですね。この写真はローマの休日ですよね?DVD持ってます。昔の名作といわれる映画がみたいです。長くなりましたけどいつまでこの生活が続くのかわかりませんが早く元の生活に戻れて旅行したりお喋りしたいですね。

○T.さんから返信 2020.5.26
今日にも解除が出そうですがまだまだ県を超えた移動は出来そうもないですね。先日映画の「終わった人」を見ました。舘ひろしが主演です。その中で飲み会の中でみんなが「さんさ踊り」を踊るシーンがありました。懐かしくなってYouTubeで探して見ました。昨年は盛岡駅で見ましたがYouTubeでは街を踊り歩くシーンでした。太鼓を叩くのが踊りだったんですね?私はミスさんさ踊りの人が踊っていた踊りをみんなで踊るのだと思ってました。太鼓を叩きながら踊るのは大変なんでしょうね?なんだか今度は街を踊り歩くのを見てみたい気持ちになりました。今年の開催は無理なんでしょうかね?見られないと思うとすご〜く見たい気持ちになってきます。旅行も同じで行けないとなると無性に出かけたくなりますね。何も考えずにいろいろなことができるのが当たり前だったあの頃に感謝です。早く元の生活が戻ることを願ってます。

○鈴木からT.さんへ送信
自粛解除は段階的で、完全に安心というまでには程遠いのかな。ワクチン、治療薬が一般的になるのは、これまた先のこと。ウィルスそのものは消滅不可で共存していくしかないとも聞きました。話変わり、さんさ踊りのことです。ドラマは見てないので、なんとも言えないのですが。さんさ踊りの特徴としては、地域ごとに33通りの踊り方があり、ここからさんさの呼び名がついたといいます。基本的に太鼓、鉦、囃子が入るようです。夜のパレードでは大勢で太鼓を叩きながら通りをパレ-ドして歩くのが見所になってますね。駅前で踊るさんさ踊りは、各地域に残る伝統踊りを踏まえているみたいです。輪踊り、ステージ踊り・・・。三本柳さんさ踊りが地域色をよく出している感じです。ミスさんさ参加の踊りは、共通に踊れるようにと考案されたものと聞きました。2020年の開催は多分無理でしょう。東北の夏祭りは軒並み不可となれば、寂しいことです。話変わり、映画のこと。私のホームページに映画に関することを、無知を承知の上で臆面もなく書き込みしました。映画紀行、映画紀行Ⅱ、映画紀行Ⅲと名付けました。

○T.さんからの返信  2020.5.26
映画紀行、読ませてもらいました。ここに紹介されていた映画はなんらかの形で見たように思います。筋も覚えていないものもありますが。中でも「風と共に去りぬ」はいつ頃だったか忘れましたがあの長い映画を2回連続で見た記憶があります。1回目を見てなんだか帰れない気持ちになってそのまま2回目を見ました。疲れました。うろ覚えですがビビアン・リーが夕陽の中、決意する場面が印象に残ってます(そんなシーンありましたっけ?) <鈴木補足-ありました。大事なシ-ンでした。>
「今朝の秋」は見たような気がします。NHKオンデマンドで見られると思いますのでもう一度見てみたいと思います。私の好きな映画は(見た数は少ないですけど)邦画では「砂の器」です。あの回想シーンは何回見ても涙が出てきます。洋画では「素晴らしき哉人生」です。主演はジェームス・スチュワートだったと思いますが心温まる作品でした。もっと本を読んだり、名作と言われる映画を見たりいくらでもやることはあったのにテレビやゲームの毎日でした。

『ながらえば』. 作・山田太一 主演・笠智衆  1982年 製作
笠智衆と宇野重吉が共演した唯一のドラマ。2人の名優が対面するクライマックスは必見。第23回モンテカルロ・テレビ祭ゴールデンニンフ賞を受賞。 作:山田太一 音楽:湯浅譲二
老人、老夫婦の生き方、息子たちとの絆を通して、日本の高齢化社会が抱える問題をあらためて探る。

下の写真 「今朝の秋」 笠智衆 杉浦直樹 杉村春子

下の写真「ながらえば」 笠智衆  宇野重吉

寝たきりの妻を名古屋の病院に残し、富山に転勤する息子一家と暮らさなければならない老夫(笠智衆)。しかし妻に会いたいという思いは日ごとに強まり、ある日彼は名古屋へ向う列車に飛び乗ってしまう。だが、ふとしたことから途中、高山本線・猪谷駅で下車を余儀なくされる。そこで、今しがた老妻に先立たれた旅館の主人(宇野重吉)と知り合うことになる―。
二人の会話は、宿の主人、宇野の亡くなった老妻への言葉からはじまる。何もしてやれんかった・・・。近場の温泉にも連れていってやれんかった、やかましい、やかましいで話しもろくにきいてやれんかったながいこと夫婦でおったのにたいしたこともしてやれんで・・・・と話す。一方の笠智衆といえば、名古屋の病院に残した老妻が今にも死にそうであるという、強い予感と不安にかられて、殆ど金銭を持たずに富山を出てきた。一夜の宿を借りたが金のないことが言い出せないでいる。宿の主人の老妻への思いをしみじみと聞き入り、思い切って自分が病気の老妻に会いに名古屋に行くこと、そのための宿賃も含めた金がないことを話す。じっとそれを聞いていた宿の主人は、これから名古屋に向かう夜行列車があること、すぐに会いにいくことを促し、2万円という金を貸してくれる・・・・。全体からすれば2人の会話シ-ンは短いがドラマの核心部分だ。老妻のことを語る場面には心打たれる。ふたりの間に共感という時間が流れる。見るものに老いるということの寂しさ・悲しさ・つらさを強く感じさせるシ-ンだ。 
  鈴木慶治

笠智衆、長山藍子、中野誠也、佐藤オリエ、堀越節子、宇野重吉 ほか